BERTとGPT、どちらのDNAが生き残るのか
はじめに
本記事は、個別の技術論を展開するものではなく、言語モデルの本質や将来について「ゆる技術哲学」的な考察を行うものだ。厳密な学術的議論ではなく、筆者の個人的な見解や洞察を中心に展開している。独断と偏見に基づく部分も多分にあることを予め断っておく。
まず、私の立場を明確にしておこう。私はGPTの将来性に大きな期待を寄せている。BERTの重要性も認識しているが、長期的にはGPTのようなモデルがより有望だと考えている。
私が所属する研究室では、主にBERTを使用した研究が行われている。ある日、同僚が「今はGPTのようなエンコーダー・デコーダーモデルが主流だけど、将来的にはBERTのようなエンコーダーモデルが再び台頭するかもしれない」と言っていた。この言葉が、私に言語モデルの本質と未来について深く考えるきっかけを与えてくれた。
BERTとGPT。この二つのモデルは、言語理解と生成における異なるアプローチを体現している。果たして、どちらのDNAが未来の言語モデルに受け継がれていくのだろうか。それとも、全く新しい概念が生まれるのだろうか。
エンコーダーとデコーダー:言語の理解と生成
BERTはエンコーダーモデルで、主に言語の理解に特化している。一方、GPTはエンコーダーとデコーダーの両方の機能を持ち、言語の理解と生成の両方を行うことができる、という説明が一般的に行われている。
この違いは、言語活動における「理解」と「表現」という二つの側面を反映している。人間の言語活動においても、他者の言葉を理解することと、自分の考えを表現することは、密接に関連しつつも異なる過程だ。
BERTは「理解」に、GPTは「理解」と「表現」の両方に焦点を当てている。この違いは、言語の本質をどのように捉えるかという問いにつながっていく。
言語と世界観:虹の色の例
言語学者ソシュールは、言語を恣意的な記号の体系として捉えた。彼の考えを説明するのに、よく使われる例がプールの仕切りだ。
想像してみてほしい。虹のような連続的な色のスペクトルがあり、それを言語によって区分けする。この区分けの仕方は、言語によって全く異なる。例えば、英語では「red」「orange」「yellow」「green」「blue」「indigo」「violet」という7つの基本的な色名がある。一方、ダニ語(ニューギニアの言語)では「mola」(明るい色・暖色系)と「mili」(暗い色・寒色系)の2つしかない。
ソシュールは、このような言語による世界の分節化が恣意的であることを指摘した。つまり、世界には本来的な境界線は存在せず、言語によって区切られることによって初めてその概念が発見されるのだ。
この観点から見ると、現在の言語モデル、特にBERTのようなエンコーダー型モデルは、ある意味で固定的な既存の世界の区分に基づいているように見える。シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の関係を、既存の枠組みの中でのみ捉えようとしているのだ。
一方、GPTのようなモデルは、新たな文脈での言語生成を通じて、より柔軟な世界の分節化の可能性を秘めている。
抽象化の功罪:「鉄の檻」との類似性
言語モデルによる抽象化のプロセスには、ある種の危うさがある。それは、社会学者ウェーバーが指摘した「鉄の檻」と似た雰囲気を感じさせる。
既存の分類ラベルへの自動的な仕分けによって、外部環境への新たな接地を作る営みが衰弱する。例えば、ワインの香りに独特の表現を用いるということを人類で初めて行うような、創造的な言語使用に適するようには見えない。
BERTのようなエンコーダーモデルは、この傾向をより強く持っている。人間が設定した既存の概念体系の中で言語を理解しようとするため、新たな表現や概念の創造には不向きだ。
GPTの可能性:多元的世界観への橋渡し
一方で、GPTのような生成型モデルは、この「鉄の檻」から抜け出す可能性を秘めている。GPTは、異なる概念体系の間の翻訳や調停を行う潜在力を持っているように見える。
これは、単一の普遍的な世界観(「universe」)ではなく、複数の世界観が併存する多元的な在り方(「pluriverse」)を可能にするものだ。GPTは、異なる言語や文化、個人的な経験に基づく概念の間の橋渡しをする役割を果たす。
ただし、この可能性を現実のものとするためには、技術的な課題だけでなく、倫理的、文化的な問題にも取り組む必要がある。
結論:言語の本質を問い直す
BERTとGPTをめぐる議論は、言語の本質や人間の認識のあり方に関する深遠な問いを投げかけている。
どちらのDNAが生き残るのか、それとも全く新しい概念が生まれるのか。それは未だ分からない。しかし、この問いを探求することそのものが、言語と思考、そして世界の関係を問い直す貴重な機会を提供してくれているのは確かだ。
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